活動日誌

東日本大震災と原発事故から5年を迎える福島で(3)

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浪江町、帰還困難区域へ。帰還困難区域は、自転車や歩行も認められていません。家に立ち入ることもできないため、個人宅前を鉄柵が覆っているという異様な光景でした。鉄柵は、沖縄県の辺野古ゲート前を思わせるもので、住民の方の思いを考えると、苦しい思いになりました。

機関困難区域へ続く道は封鎖されていました

機関困難区域へ続く道は封鎖されていました

 

大熊町に入りました。福島第一原発の立地自治体です。帰還困難区域の国道6号線上は、止まることもできないので、走り抜けます。国道には、気温を示す電光掲示板があるように、線量を示す電光掲示板が。このときも、確かに年間20ミリシーベルトを超えてしまうであろう空間線量を示していました。

 

こんな看板があること自体が非常事態。

こんな看板があること自体が非常事態。

富岡町に入り、JR富岡駅へ行くと、ホームのみが残っていました。福島のみなさんが現地を見て、津波で何もなくなり、がれきの撤去などもだいぶ進んだようで「ここから海が見えたんだ」と話されていました。それだけ、駅前には商店街やホテルもあったということでした。

ホームの向こうに除染した土と瓦礫撤去のための建物が

ホームの向こうに除染した土と瓦礫撤去のための建物が

ホームの海側には、除染土。瓦礫置き場兼処理場。こういう仕事はゼネコンに発注しているようで、「こういうところには、どんどん予算がつくけど、昨日の仮設住宅の方の願いからすれば、もっと復興住宅とか除染とか、住民の願いに合わせたところにも予算をつけてほしいねとの声も出されました。

富岡町夜ノ森は、桜の名所。

夜ノ森は桜の名所。

夜ノ森は桜の名所。

先日の高橋千鶴子衆議院議員の質問で取り上げられた帰還困難区域と居住制限区域を、ガードレール一本で隔てているという地域です。それでは、2017年までに帰れと言われても無理だ、というのも当然です。

夜ノ森で現地の様子をお聞きしました

夜ノ森で現地の様子をお聞きしました

そして、区域の違いで、除染作業も違う、賠償も違う。帰還困難区域は、ふるさと喪失慰謝料700万円が出ているが、居住制限では何もない。被災者を線引きと賠償金で分断する政治への怒りを改めて感じざるを得ません。

道を挟んで、鉄柵のある機関困難区域と、反対側の居住制限区域に分かれていました。

道を挟んで、鉄柵のある機関困難区域と、反対側の居住制限区域に分かれていました。

楢 葉町のコンビニに立ち寄りました。店員さんから「何か雰囲気の違うお客さんだと思って」といわぶち友比例予定候補が声をかけられたそうです。このコンビニ のお客さんは、95%が原発労働者だそうです。店員さんは、帰還のために村に登録して自宅に宿泊する「準備宿泊」制度を使って、ここで働いているそうで す。国は「帰りたい人が帰れるように」といって避難指示を解除するとしていますが、この制度を使えば帰れるわけで、2017年3月までなどと期限を切る根 拠はなにもないと思いました。

J・ヴィレッジの周りには、いわき市党と地区労連で作った原発労働者向けポスターがたくさんありました。

原発労働者を励ましているポスター

原発労働者を励ましているポスター

・「原発労働者が、東電・元請けなどを提訴、4人で6200万円の危険手当を請求」

・「原発の危険手当 全面・半面マスク2万円 アノラック3万円 タングステンベスト3万円以上 東電社長が塩川衆議院議員に回答」

・「原発労働者が東電を提訴、事故収束のため労働条件を改善したい」

・「原発での死亡事故徹底調査を求めています」

ポスターを見て、「危険手当がもらえるって本当ですか」と電話も寄せられているといいます。

 

最後に、いわき市久之浜へ。津波被害とともに火災が発生してしまった町。いわき市には、原発の被災者が入る復興住宅もあり、津波被害を受けた被災者が入る復興住宅もあるそうです。原発事故に関わる住宅は家賃タダ、津波被害に関わる場合は、家賃発生という線引き、分断も。そのため、いわき市独自に、津波被災者のために、家賃の一部補助をしているという実情もお聞きしました。

久之浜の様子

久之浜の様子

やはり、原発ゼロ。これが福島のみなさんの願いです。

その実現のために、今年の参議院選挙が重要です。政治を変えて、原発ゼロの政治決断を!決意を新たにしました。

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© 2015 - 2018 たけだ良介(日本共産党参議院議員)